長男が中学に入学する。
これまでは私立の小学校に通っていたけれど、学校の先生方にも生徒たちにも特性を充分に理解してもらえず、親子ともども心に深い傷を負い、中学は内部進学せずに地元の公立中学に通うことになった。
副校長と学年主任とで面談に当たってくださるということでアポを頂いていたが、今までの小学校では何度も何度も呼び出されては「ダメ出し」をされてきたトラウマがあり、不安でいっぱいになりながら桜舞う道を夫と歩いた。
家から5分。
近い!
今まで「学校に行く」となると電車とバスを乗り継いで1時間弱かかっていたので、近所のスーパーに行く感覚であっという間に着いてしまう。
中に入ると副校長と学年主任の二人が笑顔で出迎えて、「こんな部屋しかないんですけど、いいですか」とちょっと申し訳なさそうに、トロフィーや校旗が並ぶ明るい小部屋に案内してくれた。
学校でのキーボードの使用について
にこやかな二人を前にしても、私たちの緊張は解けなかった。
「油断してはダメだ」という心の声のまま、鎧も脱がず、盾を構えて、いざという時のために小さな刀も隠し持っている状態で座った。
と同時に、副校長が言った。
「iPadの件ですが、お使いいただいて構いません。
パソコンの支給がゴールデンウィーク明け辺りになってしまうので申し訳ないのですが、それまではお持ちのiPadやパソコ
ンを持って来ていただいて構いません。」
当たり前のように言う副校長…。
小学校では、ノートが汚い、不真面目だ、授業を聞いていない、集中できていない、と散々言われ続け、5年生の時に思い切って「書字に困難があるのでキーボードの使用を認めてもらいたい」と相談したら、「書字に問題がある、書字障害などの診断書を提出して下さい。その上で学校として判断します。」と言われた。
メンタルクリニックに長男を連れて行き、診断書をもらって学校に提出。
それでは不充分だ、キーボードを使わざるを得ないというところまできっちり書いてもらわないと、と言われ、別の心理士にWISCを受けさせてもらい、その結果と共にキーボード入力が必要だということを書いてもらって提出。
そこから1ヶ月程度待たされ、「特例として」認める、と通達があったものの、そこから一ヶ月おきに校長に呼び出され、キーボード入力はうまくいっていますか、負担になっていませんか、教科を減らす必要はありませんか、と常に消極的な確認をされた。
「一ヶ月ごとに確認する決まりになっていますので」とのことだった。
もちろん、呼び出される度に私たちは会社を休まなければならなかった。
また、「ノートをとる」という「苦労」をすべきだ、という名目の元、キーボードで入力した内容をプリントアウトして提出する、ということを義務付けられた。
学校の授業ではクラウドで文書を提出するスタイルを取っていたにも関わらず、「紙で提出する」ということが大事だという判断だった。
中学では何と言われるか…。
私たち夫婦はかなり構えてこの場に臨んでいた。
それがあっさり、「いいですよ」と認めてもらえたのだ。
夫も私も「えっ…ありがとうございます」と、思わず拍子抜けした高い声を出してしまった。
忘れ物・遅刻・提出物について
「ADHDなので、忘れ物や提出物が多かったり、移動のある授業だと間に合わなかったりするんです」
小学校で口を酸っぱくして「頑張るように」と指摘されてきた部分。
この先生たちは何て言うだろう…。
夫の発言を聞いて二人の表情が変わらないかそっと盗み見た。
「あ、そうですよね。頑張ってもできないですよね、それ。」
二人のにこやかな表情は全く変わらなかった。
まるで「3月の次は4月ですよね」とでも言うように、さらっと副校長が発言した。
「ただ、うちの学校はチャイムが鳴らないんですよ。どうしましょうか。」
ちょっと困ったな、ごめんなさいね、何か手段はあります?といったあくまで軽い感じ。
「小学校ではアラーム付きの腕時計を許してもらっていたのですが、そちらを使ってもよろしいでしょうか。」
「あ、そういうものをお持ちでしたらもちろん使っていただいて構いません。
授業中に鳴らないようにだけしていただければ問題ないですよ。」
これもあっさり認められた。
「提出物や忘れ物はどうしても内申に関わって来ちゃうんですよね。」
「内申」。
つまり、内申点が必要な高校を受験する、ということを当たり前の事実として前提にして話してくれているのだ。
どこまでも、特別扱い、厄介者扱いをしない二人の態度に、思わず涙が込み上げそうになった。
「ノートを持たせて、毎時間の終わりにそれぞれの先生に、テストや提出物の期日などを確認させていただいても
よろしいでしょうか。」
「もちろんいいですよ。そのやり方でやってみましょう。」
何もかもが「何でもないこと」のようにスムーズに会話は進んだ。
対人関係について
「学校で周りの先生や生徒に適切な対応を取っていただけなかったことでPTSDになってしまったと
先日カウンセリングの先生に言われました。
嫌な記憶が瞬時に連想されて過剰な反応を取ってしまうことがあります。
それと、思う通りにならない時にキーっとなってしまうことがあります。」
という話をすると、
「もしご希望でしたら申請を出せば、隔週で学校に専門の方が来てマンツーマンでSST(ソーシャルスキルトレーニング)を
行うこともできます。」
え?
学校で?
無料で?
マンツーマンで専門家の方が…?
「ただ、1コマ授業を潰すことになるので、お話を伺っているととても勉強がお好きなお子さんだということを考えると
授業がその分受けられないことは嫌だと感じられるかも知れませんね。
ですから、必要なら、ご希望があれば、という形で良いと思いますよ。」
強制ではなく、あくまで長男の意思を尊重してくれる姿勢、そして彼が勉強が好きだということを認めてその気持ちを大事にしてくれる姿勢。
どちらも小学校には皆無だったので驚きと嬉しさで感動してしまった。
小学校では「薬を飲んでもらいます。これは学校の意思です。」
と言われ、長男や私たち家族の気持ちは全く尊重してもらえなかったのに。
カウンセリングの先生に、公立の中学に行くことになったと伝えた時、
「よかったんじゃないですかね。公立は慣れているし体制も万全です。私立はガラパゴスですからね。」
とにっこり言われたのを思い出す。
本当にその通りだった。
この学校には支援学級もあるが、長男の場合はここには該当しいないと言われた。
ここでもSSTがあるのでそこだけでも受けてみたら良いのか、とも思いつつ、高校受験を考えると、英語のレベルがアルファベットを読む、書く、ということを一年間かけてやる、というような授業は彼には合わないとも思い、もし勧められたら何と答えよう、と悩んでもいたけれど、そんな悩みも一瞬で吹き飛んでしまった。
まとめ
30分程度の面談の帰り、学校を出たところで夫と顔を見合わせて言ったひと言は
「あの学校を出て本当によかったね!」
ということだった。
あのまま内部進学していたら、あの辛い日々がきっと後3年間続いたんだと思う。
そうしたら、傷ついた彼の心は2度と回復しないところまで行ってしまったかも知れない。
自己肯定感は無くなり、本来の明るい彼は2度と見られなくなってしまったかも知れない。
私立こそは個性を伸ばしてくれる、と思っていた私たちの思惑は完全に外れた。
ルールに縛られ、学校全体の顔色を常に先生たちが伺い忖度し、自分達が御しやすく対面を守れる子どもであることを強制される、それが我が家にとっての、長男が通っていた、「私立」の実態だった。
小学校から公立に行っていたら薔薇色だった、とは思わないが、少なくともこのタイミングで公立に移ったことは正解だった。
きっと入学しても対人関係や忘れ物などで色々な問題が起きるのだと思う。
今日の感触があまりに良かったのでつい期待してしまいがちだが、長男の本質が変わったわけではないからには、何も起きないわけはない、と気が緩まないように気をつけようと思った。
でも、これだけは言える。
学校には味方がいる。
信じられる大人がいる。
分かってくれる先生はいる。
支援体制も知見もある。
そして何より、理不尽な理由で退学にはならない。
今のところはこれで充分だ。
「学校なんて誰も分かってくれないんだ」
長男のこの悲しい思いが少しでも和らいで良い方向に行けたら、と心から願う。
青空の下、咲き誇る桜の花々を祈るような気持ちで見上げた。
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